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2009年08月16日

富士・人穴調査編

出落ち、と言わざるを得ない。

ふぅ またやっちまったヨ。

何なんですか、これわ。左手の神秘十字線とやらのせいですか?

……

……

思うところがあって、富士山西麓の調査をしてきたんだが……

恩師のH先生のお供で、富士宮浅間神社と村山、山宮浅間神社を見に行ったのが、もう三年前になる。

その時は時間が無くて、人穴に行けなかったので、今日行って来た訳だ。富士信仰を知る為には、重要な聖地という事だったので。予備知識はこれだけ。

現地に着いたのは、午前9時前くらい。予想以上に中央道が空いていて、すんなり辿り着けた。

県道沿いに不意に鳥居が現れたので、迂闊にも通り過ぎてしまった。引き返すと、鳥居脇に車が止まっていたので、仕方なく鳥居を車で潜った。

第一のフラグである。正に孔明の罠だったのだよ。帰宅後に分かったんだけれどね。

さて、広大な駐車スペースと思しき場所に車を停め、機材を引っ張り出して神社に向かった訳だ。早朝だというのに、他にも2、3台止まっていたのは記憶に留めておく所だ。

その前に駐車場の奥で簡易トイレを発見し、用足しに寄ったんだが、大物が滞留していたので、仕方なく脇の草むらに放尿。

すいません。本当にすいません。以後気を付けますので、許してください。多分、これが二つ目のフラグ。

早朝の空気のせいか、境内は清々しかったが、予想していた観光客は見当たらない。車の持ち主はどこへ? そんな事を考えつつ、階段を登っていく。

社殿の周りには石塔が建ち並び、その傍らに注意を促す看板が立っている。
「崩れるから石塔に触れないこと。人穴も危険なので入らないこと──」

その社殿の右手に人穴はある。

上から覗いただけでも、水が滴っているのが分かった。

さて、どうしたものかと。

正直、洞内に潜行するつもりは無かったので、思いっきりスニーカーである。それに看板の注意もある──

写真でも分かるように、入口には灯明が上げられていて、おそらくほんの数刻前に、誰かが中に入ったのだろう、そんな考えが過ぎった。

1 素直に引き返す
2 いいや、行くね

2番で。

好奇心を押さえられず、行けるところまで行ってみる事にした。

濡れた石段を注意深く降りていくと、予想通り、最近のものと思しき足跡があった。少し安心した俺は、ライトをつけて潜行を開始した。湿った冷気が這い上がってきて、吐く息が白くなった。

いきなり濡れるかと思いきや、内部は木道が整備されていて、幸い足下は何とか凌げそうだった。それよりも驚いたのは、その木道に沿って、点々と灯明が灯っている事だった。

明らかにごく最近人が入っている。というか、ほんの数時間、あるいは数分前に──

ライトを正面に向けると、小さな祭壇がぼんやりと浮かんだ。何が書いてあるか調べるために近づいたが、さっぱり分からない。

とりあえず写真に納めておこうと、デジカメをスタンバイし、ファインダーを覗いた。フラッシュを焚かなければ、到底映らない事は分かったが、何故かシャッターを押すのは躊躇われた。

ほんの十秒の逡巡である。脳内で決断を下そうとした瞬間、人の声が聞こえた気がした。壮年男性のような気がして耳を澄ませてみたが、もう聞こえない。

はたと思い当たった。車の持ち主達は富士講の人達ではないか? もしかしたら、今奥にいるのでは?

暗くて分からないが、祭壇の奥にはまだ続きがありそうな感じだった。奥に進むべく、腰を浮かせた瞬間だった。

年輩女性の声で読経が始まったのである。

声はほんの5m先くらいから響いてくる。というか、洞内に響き渡っている。

失態を犯したと気付いた。

この奥では何らかの儀式を行っているのだ。俺の気配に気付いているのだろうか。心なしか読経の声に棘がある。どうやら、俺は完全に招からざる客のようだ。

最後に祭壇だけでも写真に納めようとしたが、結局やめた。フラッシュを焚いて儀式の邪魔をして、どやされてはたまらない。非は部外者であるこちらにあるのだから。

心中無礼を詫びながら、俺はそそくさと洞内を去った。地上に戻ると、あれ程響いてきた読経の声はもう聞こえなくなっていた──という訳だ。

その後、再び鳥居を潜り、富士宮浅間神社と今宮浅間神社をまわったが、全くと言っていいほど戦果は得られず、結局そのままドライブがてら帰宅と相成ったのだ。

まあ、帰って調べてみてドン引きですがね。人穴でググってみて?

で、今ビビリながら書いてるんだけども、それでも断言しておかなきゃならない。

確かに人穴は特殊な雰囲気に満ちた場所だけれど、不思議と居心地の悪さは無い。空気が澄んでる感じがするというか。

以前大失敗した、八王子の廃病院で感じたものとは明らかに異なる。富士講の人達が聖地としたのも分かる気がするくらい。

といっても、長居すべき場所でないのも事実なので、やたらと近づくべきじゃあない。

まあ、洞内の声の主が人であるのかないのかは、知る由もないが、これ以上立ち入るな、という警告的な空気を読めた俺を少し誉めたい。ギリギリで自重して、色んな意味で正解、だろう。

以上、今回の出落ち的なレポでした。

投稿者 楓岱 : 2009年08月16日 22:28

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