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2009年08月17日
香取神宮/鹿島神宮
気合い一発、今日も調査に行って来た。
色々思う所があるものの、さすがに疲れたので簡単に。
香取の巫女さんは美人だった。とりあえず、話しかけておいたぜ。故に香取神宮に一票。
以上、異論は認める。
……
まじめな話を少しすると、香取神宮の方が俺の興味からするとやりやすい。というか景観の変遷を追うだけでも面白そうではある。社殿の位置関係も意味不明な所が多々あるし。
なお、取り立てて書く程でもないが、香取神宮内で特定の神域に差し掛かった所、デジカメに動作不良が発生した。バッテリー切れとか、そんなちゃちなもんじゃあねえ。ちなみに、その場で回復したので、カメラ的には問題無し。
じゃあ、エロゲしますね。異論は認めない。
2009年08月16日
富士・人穴調査編
出落ち、と言わざるを得ない。
ふぅ またやっちまったヨ。
何なんですか、これわ。左手の神秘十字線とやらのせいですか?
……
……
思うところがあって、富士山西麓の調査をしてきたんだが……
恩師のH先生のお供で、富士宮浅間神社と村山、山宮浅間神社を見に行ったのが、もう三年前になる。
その時は時間が無くて、人穴に行けなかったので、今日行って来た訳だ。富士信仰を知る為には、重要な聖地という事だったので。予備知識はこれだけ。
現地に着いたのは、午前9時前くらい。予想以上に中央道が空いていて、すんなり辿り着けた。
県道沿いに不意に鳥居が現れたので、迂闊にも通り過ぎてしまった。引き返すと、鳥居脇に車が止まっていたので、仕方なく鳥居を車で潜った。
第一のフラグである。正に孔明の罠だったのだよ。帰宅後に分かったんだけれどね。
さて、広大な駐車スペースと思しき場所に車を停め、機材を引っ張り出して神社に向かった訳だ。早朝だというのに、他にも2、3台止まっていたのは記憶に留めておく所だ。
その前に駐車場の奥で簡易トイレを発見し、用足しに寄ったんだが、大物が滞留していたので、仕方なく脇の草むらに放尿。
すいません。本当にすいません。以後気を付けますので、許してください。多分、これが二つ目のフラグ。
早朝の空気のせいか、境内は清々しかったが、予想していた観光客は見当たらない。車の持ち主はどこへ? そんな事を考えつつ、階段を登っていく。
社殿の周りには石塔が建ち並び、その傍らに注意を促す看板が立っている。
「崩れるから石塔に触れないこと。人穴も危険なので入らないこと──」
その社殿の右手に人穴はある。
上から覗いただけでも、水が滴っているのが分かった。
さて、どうしたものかと。
正直、洞内に潜行するつもりは無かったので、思いっきりスニーカーである。それに看板の注意もある──
写真でも分かるように、入口には灯明が上げられていて、おそらくほんの数刻前に、誰かが中に入ったのだろう、そんな考えが過ぎった。
1 素直に引き返す
2 いいや、行くね
2番で。
好奇心を押さえられず、行けるところまで行ってみる事にした。
濡れた石段を注意深く降りていくと、予想通り、最近のものと思しき足跡があった。少し安心した俺は、ライトをつけて潜行を開始した。湿った冷気が這い上がってきて、吐く息が白くなった。
いきなり濡れるかと思いきや、内部は木道が整備されていて、幸い足下は何とか凌げそうだった。それよりも驚いたのは、その木道に沿って、点々と灯明が灯っている事だった。
明らかにごく最近人が入っている。というか、ほんの数時間、あるいは数分前に──
ライトを正面に向けると、小さな祭壇がぼんやりと浮かんだ。何が書いてあるか調べるために近づいたが、さっぱり分からない。
とりあえず写真に納めておこうと、デジカメをスタンバイし、ファインダーを覗いた。フラッシュを焚かなければ、到底映らない事は分かったが、何故かシャッターを押すのは躊躇われた。
ほんの十秒の逡巡である。脳内で決断を下そうとした瞬間、人の声が聞こえた気がした。壮年男性のような気がして耳を澄ませてみたが、もう聞こえない。
はたと思い当たった。車の持ち主達は富士講の人達ではないか? もしかしたら、今奥にいるのでは?
暗くて分からないが、祭壇の奥にはまだ続きがありそうな感じだった。奥に進むべく、腰を浮かせた瞬間だった。
年輩女性の声で読経が始まったのである。
声はほんの5m先くらいから響いてくる。というか、洞内に響き渡っている。
失態を犯したと気付いた。
この奥では何らかの儀式を行っているのだ。俺の気配に気付いているのだろうか。心なしか読経の声に棘がある。どうやら、俺は完全に招からざる客のようだ。
最後に祭壇だけでも写真に納めようとしたが、結局やめた。フラッシュを焚いて儀式の邪魔をして、どやされてはたまらない。非は部外者であるこちらにあるのだから。
心中無礼を詫びながら、俺はそそくさと洞内を去った。地上に戻ると、あれ程響いてきた読経の声はもう聞こえなくなっていた──という訳だ。
その後、再び鳥居を潜り、富士宮浅間神社と今宮浅間神社をまわったが、全くと言っていいほど戦果は得られず、結局そのままドライブがてら帰宅と相成ったのだ。
まあ、帰って調べてみてドン引きですがね。人穴でググってみて?
で、今ビビリながら書いてるんだけども、それでも断言しておかなきゃならない。
確かに人穴は特殊な雰囲気に満ちた場所だけれど、不思議と居心地の悪さは無い。空気が澄んでる感じがするというか。
以前大失敗した、八王子の廃病院で感じたものとは明らかに異なる。富士講の人達が聖地としたのも分かる気がするくらい。
といっても、長居すべき場所でないのも事実なので、やたらと近づくべきじゃあない。
まあ、洞内の声の主が人であるのかないのかは、知る由もないが、これ以上立ち入るな、という警告的な空気を読めた俺を少し誉めたい。ギリギリで自重して、色んな意味で正解、だろう。
以上、今回の出落ち的なレポでした。
2009年08月09日
よくある話だが……飲みながら聞きながしてくれ その3
そんな中、オレは彼女と出会った。いや、その時に至って、一人の女性として認識したってのが正しい。
彼女は研究室の同期だった。それまでは、彼女を意識した事は全く無かった。それはオレの性質からしてもよくある事で、要は自分の興味の対象以外はまるで視界に入っていなかったという話だ。
それもあるが、周囲から彼女について、あまり良い話を聞かなかったって事情もある。一言で言えば、かなり厄介な相手、それがオレの抱いていた偽らざる印象だった。関わるべきじゃないと判断を下し、それまで過してきたのだ。
彼女は自分の欲求の為に巧みに男を操って、物事を成し遂げて行く人だった。それは色香とはまた別の、彼女独特の雰囲気に魅了された男に限っての話だが。
オレはその手の雰囲気に興味は無いし、むしろ嫌悪感さえ抱いてしまう。では、何故――という話になる訳だ。
研究に対して、精神的にも肉体的にもギリギリの攻防をしている中で、無意識のうちにオレは誰かを求めていた。それは多分自然な事、だとは思うが、諸事情をさっ引いても、自分本位で誰かを求めていたには違いない。その意味で、良好な状態ではなかった。
端的に言えば、付き合う事になったのは、諸々のタイミング、っていう奴だろう。
彼女は本能的に誰かを必要としていた。それがたまたまオレの波長と合ってしまった、それだけの話だと思う。今にして思えば、それはお互いネガティブな部分での同調だったと言わざるを得ない。少しずつ接している内に、彼女の中に大きな穴が開いているのに気付いた。単純に隙間を埋めたいが為にオレを求めて、オレはその危うさを頭で分かった上でその懐に潜り込んだ。
彼女を助けたいと思った。その動機はバカバカしいほど傲慢で鼻持ちならないものだったが、当時のオレは心底そう願っていた。一度離してしまったものを繋げるかもしれない、いやそうしなくちゃならない、そうすれば彼女、そしてオレも救われる、と。
よくある話だが……飲みながら聞きながしてくれ その2
オレは研究に埋没していった。溢れてしまった現実を忘れようとした。
違う。心中密かにそれを取り戻そうと、もがいていた。
研究の方向性すら定まっていないのに、名をなして彼女を迎えに行けば、全てが元に戻ると妄想に近い願望を抱いていた。どれだけバカなんだって話だが、ある意味それが当時のオレを支えていたんだ。
しかし、それすら虚妄であるのを思い知る。
研究に大きな光明が見え始めると、そんな事はオレの頭からきれいさっぱり消えていた。そこにあったのは、知的好奇心を満たそうとする貪欲な渇望だった。
異常な集中力の漲る日々の中、胸の片隅でぼんやりとした自覚が芽生えていた。結局のところ、オレを支配しているのは、ただの欲望だと。
知的好奇心しかり色欲しかり。満たされるまで延々と求め続け、そしていつの間にか目的と方法がすり替わっている。それが分かっていても、止める事が出来ない。そこには相手を思いやる気持ち、まして愛なんてありはしない。相手どころか自分にたいしても、だ。
オレは彼女どころか自分自身も見失っていたのだ。多忙な日々と好奇心の奴隷と化していたオレは、もう止まる事が出来なくなっていた。
立ち止まる事が出来るのは、どういう状況だろうか。恋愛関係の停止が破局であるなら、知的好奇心の暴走の先に待っているのは何なんだろうか。
それは唐突だった。体が動かなくなった。研究も佳境に差し掛かろうとしていた時期の事だった。
肉体を凌駕した精神の負荷は、予想を遥かに超えていた。
背中に痛みが走り、10分と座っている事が出来ない。文字を追う事すら苦痛。そこに追い打ちを掛けるように襲ってくる焦り。それらは漠然とした恐怖に変わり、最後に虚無感へ辿り着いた。完全に悪性の循環にはまりつつあった。
その過程で医者にもかかった。フィジカルからメンタルまで思いつくまま、原因を究明しようともがいた。
得られたのは過労や鬱の疑いなど曖昧な結果だけで、根本的な解決への道筋は見えなかった。それでも、這いつくばるように答えを求めていたオレの原動力は、宙に浮きつつあった研究への執着、いや義務感だったように思う。これだけは形にしたいという悲鳴のような叫びのような、そんな感覚だった。皮肉なことに自身をここまで追い込んだ原因が、崖っ淵でオレを支えていたのだ。そして、ひょんな事から、オレはある鍼灸師に出会い、回復への手応えを得た。幸運としかいいようがなかった。
回復しつつあった体を騙しながら、オレは少しずつ研究環境に復帰していった、という訳だ。
2009年08月08日
よくある話だが……飲みながら聞きながしてくれ その1
さて、またまた間が空いてしまった訳だけれども、久しぶりに書き留めておこうと思う。
嵐の前の静けさ、って言葉が世の中にゃある。
静けさっても「〜カワヅ飛び込む〜」って代物じゃないってのはご承知の通り。
最大級の嵐に比して、というか、その前触れの妙にざわついた、落ち着かない、高揚感すら覚えるシロモノであって、それは「嵐」というものを認知している前提で感じるもんだろう。
要するに、最近そんな状態にあるって話だ。いわゆる人生的な意味において。
事の発端は何時なのか――と、想いを巡らせてみたところで、はっきりとした境界線は見えて来ない。それ自体、無意味なのかもしれないが、やはり話ってのには書き出しが必要だ。
オレが学生の頃、縁あって旅先で出会った人がいた。
オレは彼女を好きになった。そして、彼女もそれに応えてくれた。彼女は一緒に歩いて欲しいと言った。けれど、オレは別の道を選んでしまった。
当時のオレは研究なるものの面白さに、はまりつつあって、さらにその先を見てみたくなっていた。しかしそれは彼女の望むものではなかった訳だ。
捨てた。
捨てられた。
両方とも間違ってはいないだろうけど、多分一番真実に近いのは、彼女が「身を引いた」んだろう。彼女の最後の笑顔がそう告げていた。
いや――オレはその好意に甘えて逃げたんだ。そう思った時から、興味の対象は束縛に変質した。