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2007年04月14日
吹上隧道群070408 その4 明治隧道2&小括
切り通しを後にした私の胸に渦巻いていたのは、明治隧道で遭遇した
音
に対する疑念だった。
話を少し前に戻そう。
明治隧道の坑口にたどり着いた我々を迎えたのは、隧道内から湧いてくる音だった。
最初は新隧道を行き交う自動車かバイクの排気音だと思っていた。
しかし、その考えはすぐに打ち消された。
暗闇の向こう、柔らかな午後の光の手前。薄やみの底から、正に
湧いてくる
その音。
機械的な音ではなく、なにかの鼓動を感じさせる鳴き声のように感じた。少なくとも私には。
そしてそれは私だけの感覚ではなかった。
錯覚か? と思った瞬間、皆同時に顔を見合わせていた。
それぞれの表情から、錯覚ではなさそうな事は明らかだった。
「何の音だろう」
誰ともなく口にした。野犬、隧道の軋み、水滴、排気音、……考えられることは全て吐き出した。
排気音は真っ先に否定された。それならば、トンネル内ではなく尾根を越えてもっと広範囲に響いてきそうに思われた。その音は隧道内だけに響いているのだから。
半身を隧道内に潜り込ませた我々の耳に、聞き慣れた音が響いてきた。天井から滴る水音である。それとは全く関係なく、例の音は隧道内に谺している。これで水滴の可能性も否定された訳だ。
隧道を囲んでいる地盤の軋みの線も否定できなかったが、それも否定された。二歩三歩奥へ進みかけた我々の脇を通り過ぎて、その音が背後にまわったのだ。
もう一度言おう。音が背後にまわったのである。
行く手と背後をライトで照らす。そこには隧道の内壁と地面だけがあった。
それしか無かった。
我々は軽いパニックに陥った。全く理解を超えている。そして急遽エスケープしたのだ。纏わりついてくる音を振り切って、我々は状況を整理した。
というより、不可解な現象に現実的な対象を当てはめたかった。そして導きだされた答えが
野犬
である。
仮定とはいえ、不可解な現象が縁取られると、人間はその形に添って対策を練ろうとする。不安を解消しようとする。
成木側の坑口で我々は野犬の撃退法を話し合った。そして沢の直登を開始したのだ。
向こう側の坑口に野犬が屯している。その現実的な答えが妥当ならば、切り通しを確認して成木側に引き返すのが正解だ。
しかし我々は峠を越えた。
言い聞かせていただけだったのだ。それは野犬の鳴き声だと。
我々の行動はひとつの答えを示していた。それは別の何かだと。
吹上は著名な都市伝説の舞台である。
曰く「明治隧道付近にかつてあった民家で一家惨殺事件があり、それにまつわる現象が起きる。そして訪れた人間は必ず事故にあう」
そしてその民家跡地が
この廃屋だと言われている。幾度もメディアで取り上げられているので、ご存知の方もおられるだろう。
が、我々の興味は…というより、私が気になっていたのは、例の音の正体である。
廃屋から10mほどであろうか、黒沢側の坑口はあった。野犬の姿は見当たらない。私は隧道に引き寄せられていた。
例の音は間断なく隧道内から聞こえてくる。私が振り向くと他のメンバーはうなづいた。そしてkarabinerが言った。
「ここまで来たら行くしかねーよ。駆け抜ければいい」
正直驚いた。蒼田ではなく、karabinerの口からこの言葉が出るとは思いもしなかった。その言葉に蒼田はうなづくと、2人は私を残して隧道内に姿を消した。慌てて2人を追いかける。
例の音に混じって我々の足音が坑内に響く。音はやむ気配がない。坑内全体から降り注いでくるその音の中、3分の1ほど進んだ時だった。大きな音が右の背後で響いた。
「ここだ!」
私はつい声を上げていた。先を歩いていた2人が私の元に戻ってきた。
なんとも拍子抜けする答えに、我々のテンションは急上昇。
現金なものだ。
ついさっきまで戦々恐々としていた姿は、一体どこにいったのか。いつの間にか、小さな鳴き声は現金な闖入者の無駄な熱気にあてられて鳴りを潜めてしまっていた。
落ち着いて見てみると、この隧道は美しい。坑内中央部はレンガ巻きから素堀へと変貌する。
素堀の内壁と
石組みの内壁、そして
レンガ巻きへ。様々な表情をこの短い隧道は凝縮させているのだ。このレポートを書いていて、改めて美しさを認識した。
竹林の斜面にレンガの外構が映える。この素晴らしい隧道に感謝しつつ、我々は昭和隧道を眺めながら帰路についた。
最後に吹上のルート図を載せつつ、青梅市長の談話とともに吹上隧道群のレポを締めたいと思う。
オレンジ色が推測ながら江戸期の峠越えのルートである。緑が明治道、青が昭和、赤が現道となる。
少々訓練を要するが、立体視して頂けると高低差がある程度実感されるかと思う。
広報おうめ 平成15年6月号に青梅市長の談話が掲載されている。
同一個所での四代にわたる「吹上峠みち」は、道の博物館ともいわれております。青梅の歴史、道路や交通の歴史を知るうえで貴重であり、文化遺産として保護し、活用していきたいと思います。
この人隧道マニアなのか? と思うようなコメントである。
ただひとつ言わせてもらえれば、この美しい隧道群を整備するのではなく、このままの姿を保護していって欲しい。それを願う次第である。
了
投稿者 楓岱 : 2007年04月14日 23:31
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コメント
生粋の隧道マニアなもんでね。
あれだけの物を見せ付けられて突貫しないで帰るのは後悔が残るのだよ。
しかし、ビビッた割りにあっけない結果だったよねぇ。
投稿者 karabiner : 2007年04月16日 01:28